本裁判を斜めから見る

 先ほどのFISCO側担当弁護士との対談でも触れたが、かたちはどうであれ損害賠償金が出れば被告側の支払う金額が減った可能性がある(どのみち裁判は不可避だろうが)。賠償金が減れば被告は勝ったも同然、原告にとっては要求通りちゃんと金が出るのならどこから捻出されたものだろうと不服はないだろう。肝心の賠償金の財源だが、労働災害保険の給付金というものが考えられる。

 労災保険とは、業務上発生した災害に対する補償制度である。補償範囲は、怪我の治療費はもちろん休業補償も出る。対象者には正社員、アルバイトやフリーターも含まれる。労災保険の基本的な考え方は労働者に対する保険であり、事業主(社長)には支払われない。しかしながら、中小企業の中には、社長も1労働者として働いている場合がある。このような事例の救済措置として、中小事業主を対象とした特別加入制度もあり、太田選手の場合は「オータ企画」を運営していたことから、中小事業主の範疇に入っていたはずだ。
 ただし、極めて危険な職業と考えられるプロのレーサーに対し、労災保険に加入できるかどうかわからない。労働基準監督署や社会保険労務士に聞いても即答できないだろう。以下、レーサーがサーキットで起こした事故も労災の対象となると仮定した上で、本裁判を我々の身近に存在する事例に置き換えて、ななめから見てみたい。



 中小事業主を対象とした労災保険の特別加入については任意である。よって自家用車の任意保険みたいなものといってもいいだろう。今回の裁判は、任意保険をかけなかった自家用車を運転していて自損事故を発生させ怪我をした場合によく似ている。怪我をしても保険金が下りない。「こんなところに電柱が立っているから事故が発生したのだ。土地の工作物(←電柱)の設置または保存に瑕疵がある、また早く来ない救急車も一般市民を守る安全配慮義務を怠った。事故の現場検証を行った警察のやり方にも疑問がある」と治療費を請求するため電力会社や都道府県(消防署や警察署)を相手に裁判を起こしているようなものである。こういうドライバーがいたとしたら、皆さんどう感じるだろうか?? これは労災保険を例に挙げたが、次頁に書いてある誓約書をみてみると「別紙の通りすでにレースに有効な保険に加入していることを申告致します」とある。レースに有効な保険とはいかなるものか不明だが、一銭も保険料が出なかったのだろうか。それとも申請自体を怠っていたのだろうか?

 もしプロのレーサー・レースのオフィシャル・それらの関係者の方が本稿を読んでいるのであれば、レーサーの労災について是非とも検討していただきたいと思う。万一の際、双方のメリットになる。もし労災の制度上現在は加入できないという判断であっても、レーサー・オフィシャルの双方が動けば労働基準監督署等も改正に動いてくれるかもしれない。ただし、プロ・セミプロ・アマチュア混成のレースまでも検討するのであれば、さらに複雑な話になるため、どうにもならないかもしれないが。
市川注:こんな検討は、「日本のレース運営が正しく実施されるようになり、第2、第3の私が出ないことを切望し・・・」として裁判で問題提起した太田選手が主体的に取り組むべきことである。なんでワシがここまで考え方の糸口を与えてやらにゃならんのじゃ、まったく。


 わたしがこの裁判についていろいろやっているのは、自動車趣味の根幹に関わる問題であると同時に、上述のような腑に落ちない点があるためだ。一方で、事故の教訓を生かそうとした記事を書かないモータージャーナリズムに対する批判の意味もこめてある。これじゃあ悲惨な事故現場の写真を掲載する=人の不幸に乗じて売り上げ部数を伸ばしているだけではないか。

 自動車趣味の根幹に関わるが、売り上げ部数確保のためにモータージャーナリズムが相手にしない問題が生じれば、今度とも当HPで取り上げていきたい。