本判決は、原告が差し入れた誓約書の効力について、原告は本件レースに参加する際、競技参加に関連して起こった事故について、主催者らに損害賠償を請求しない旨の誓約書を差し入れたが、主催者の故意・過失にかかわらず損害賠償を請求できないとする部分は、レース参加希望者に一方的に不利益を果たすものであり、社会的相当性を欠き公序良俗に反し無効であるというべきであるとし、その効力を否定した。
その上、本判決は、原告の治療費、付き添い看護料、休業損害、逸失利益、慰謝料などの損害として、合計一億三八四八万八二四一円と認定したが、四割の過失相殺を行い、弁護士費用七〇〇万円を加算し、自動車レースの主催者らに対し、総額九〇〇九万二九四四円を支払うよう命じた。
日本においては、いわゆる安全配慮義務について明文の規定がないが、判例によれば、一定の契約関係に基づき特別な社会的接触に入った当事者の一方または双方は、その法律関係において生ずることがあるべき損害発生の危険から、他方当事者の生命・身体の安全を確保すべき安全配慮義務を負うものと解されている。
そして、この安全配慮義務の理論は、広く、労働災害事故、学校事故、特別権力関係内における事故などに適用されているが、スポーツ、競技大会などの事故に関するものとしては、モトクロス大会での事故に関するものとしては、モトクロス大会での事故に関する東京地判昭五四・三・二〇、ゴルフ中の事故に関する神戸地姫路支判平一一・三・三一、運動会での事故に関する福岡地判平一一・九・二などがある。
本判決の判示一は、自動車レース中のレーサーの事故について、主催者側の安全配慮義務違反の責任を認めたものである。
次に民法七一七条によれば、土地の工作物の設置または保存に瑕疵があるときは、工作物の占有者が損害賠償責任を負うとされる。判例上、土地の工作物とされたものは、鉄道の軌道施設、スキー場のゲレンデ、ゴルフコースなど、数多い。また、瑕疵とは、工作物が通常有すべき安全性に関する性状または設備を欠くということをいうとされているが、工作物自体に危険が内在している場合のみに限られず、工作物を利用・使用する際の保安設備や消火設備等が不備である場合も含まれると解されている。
本判決の判示二は、自動車レース場の消火救護設備の不備につきその保存上の瑕疵責任を認めたものである。
また、私法上契約は原則として自由に締結することが認められるところから、世上、債務者が契約上通常負うべき債務を免除したり軽減する契約を締結することは少なくない。このような契約は、当事者の合理的な判断に基づいたものであり、この内力をむげに否定すべきではないが、右契約によって免れうる責任が、強行放棄による責任をせんだつ(変換できない〜)するとか、それが公序良俗に反する場合には、その効力は認められない。裁判例でも、航空運送で、乗客の死亡の場合の賠償限度額を一〇〇万円とする約款につき、公序良俗違反で無効としたものがある。
本判決の判示三は、自動車レースに参加したレーサーが競技の主催者に対してした損害賠償を請求しない旨の誓約を無効としたものである。
以上、本判決の判示は、いずれも類似先例のないケースに関する判断事例であるので、実務の参考として紹介する。
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