東京地裁の判断:被告らの債務不履行責任・不法行為責任等




 三 被告富士スピードウエイ、同バイシック、同フィスコ、同テレビ東京及び同レーシングセンターの債務不履行責任について
(1) フォーメーションラップ中の競技車両の安全確保義務違反について
 ア 原告は、国内競技規則(乙D一)・大会特別規則(乙D四)等に基づいて本件レースについて参加申請し、主催者(被告テレビ東京が含まれるか否かは後述する。)はこれを受理したこと及び前記第三の二(1)に判示したところからすると、主催者らと原告との間には、本件レースの実施ないし参加にあたり、相互に国際スポーツ法典等のレギュレーションの規定に従う旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立し、主催者は、本件合意の内容として、競技参加者及び競技車両の安全を確保すべき義務を負い、安全確保義務の一内容として、競技長をして、後続競技車両の安全走行を可能ならしめるように先導車を走行させる義務を負うというべきである。

 イ しかし、前記第三の(1)記載のとおり、主催者は、上記義務に違反し、競技長をして、先導者を適切に走行させる義務を尽くさず、本件事故を発生させた。
 したがって、主催者である被告富士スピードウェイ、同バイシック及び同フィスコは、原告に対し、安全確保義務違反に基づく損害賠償義務を負うというべきである。

 (2) 消火救護義務違反
 ア 主催者は、本件合意の一内容として、競技車両に事故が発生した場合には、直ちにドライバーを救護する義務、すなわち、適切な消火救護態勢を整え、かつ事故が発生した際には緊急に消火救護活動を行うべき義務を負う。

 イ 消火救護活動について
 本件事故の際の消火救護活動につき、消火救護義務違反が認められないのは前記第三の二(2)で判示したとおりである。

 ウ 消火救護態勢について
  (ア) 原告は、H項が人命救助のための最低限の基準であり、法的規範性を有することを根拠として、主催者はH項の規定を満たす消火救護態勢を整える義務があると主張するが、H項は表題及びその目的規定において「勧告事項」であることが明示されており、H項が法的規範性を有するとまではいえない。
 しかし、主催者は、上記のとおり、競技参加者の安全確保義務を負うから事故が発生した場合でも、可能な限りドライバー等の人命を救助すべき消火救護態勢を整えるべきところ、ドライバーは火災によって三○秒程度で窒息死する危険が高いとされていることを考慮すると、少なくとも通常発生が予想される事故において、事故発生後三〇秒以内に消火救助できる態勢を整える義務があるというべきであり、その具体的な方法の一つとして参考に供する限度でH項の規定を参酌することは、H項が法的規範性を有しないことと矛盾するものではない。

  (イ) 前提事実及び〈証拠略〉によれば、本件レース場には、コース側壁に手動消火器が多数設置されていたものの、ポストオフィシャル以外に消火器を操作する要員は配置されていなかったこと、フォーメーションラップ中、競技車両の隊列の最後尾を三台のレスキューカーが追走していたこと、本件コースの周囲八か所に緊急車両が配置されていたこと、オフィシャルによる手動消火が第一緊急消火処置、緊急車両による消火が第二緊急消火処置として位置付けられていたことが認められる。
 本件レースの大会事務局副長であった証人細谷清次は、ポストのオフィシャルが五ないし一〇キログラムの手動消火器を担いで駆けつける場合、三〇秒間で進める距離は六〇ないし七〇メートルであると証言する。仮に、ポストオフィシャルが、ポストから消火器を持参するのでなく、現場近くのコース側壁に備え付けられた消火器を使用する場合には、三〇秒間で進める距離は更に伸びることも考えられるが、いずれにしても、一番ポストと二番ポストの距離は三七〇メートルであるから、本件レース場における第一緊急消化処置をもってしては、ポストから離れた場所で事故が発生した場合、三〇秒以内に消火救護することができないことは明らかであり、その意味で、主催者は、三〇秒以内での消化救護を可能とすべく、本件レース場において、消火器を捜査する要因をより多数配置すべき義務があったというべきであり、主催者にはこれを怠った過失がある。
 被告らは、緊急車両等による第二緊急消火処置により三〇秒以内の消火救護が可能な態勢を整えれば消火救護義務違反はない旨主張するけれども、緊急車両は原則としてコース上を逆走することが認められていないから、事故現場の位置によっては到着までに時間がかかることも予想されること、本件のようにスロー走行をする競技車両もしばしばあることから、競技車両の隊列を追走するレスキューカーの到着も時間がかかることも予想されること、現に本件においてはフィスコ一三号の到着が本件事故発生から七三秒後、破工車の到着が七八秒後と遅れており、ポストオフィシャルの到着の遅延をカバーできなかったことからしても、第二緊急消火処置を整えたことをもって、直ちに消火救護義務違反がないということはできない。

  (ウ) また、被告らは、仮にH項の規定を守ろうとすれば、消火器操作員を保護する必要上デブリフェンスを備えたポストを作らねばならず、物理的に不可能であるとか、本件レース場はFIAの安全基準を満たした国際公認コースであり、FIAの現地査察においても、消火器操作員を置くようにとの指示は受けていないと主張する。
 確かに、消火器操作員を配置する際には、そのオフィシャルの安全に配慮し、適切な防護をする必要があるものの、H項は、ポストとポストのオフィシャルについても別個の規定をおいており、消火器操作員を配置するためにポストを設置することが不可欠であるとはいえないし、また、FIAの安全基準や、FIAの査察は、その規定事項や査察での指摘事項の内容からしても、サーキットの形状や物理的設備の状況に重点が置かれたものであるから、査察においてFIAから指摘を受けなかったことをもって消火救護義務違反がないことの根拠とすることはできない。

  (エ) 上記認定事実によれば、原告車が停止した位置は、一番ポストから二番ポス卜方向へ一六〇・六メートルであり、一番ポストと二番ポストの間隔は三七〇メートルであるから、両ポストの問の本件コースイン側に消火器操作員が配置されていれば、本件事故発生後四八秒で到着した山路よりも速く現場に到着し、原告車を消火することが可能であったから、主催者の上記過失と原告の損害拡大との間には因果関係が認められる。

  (オ) したがって、主催者である被告富士スピードウェイ、同バイシック及び同フィスコは、原告に対し、消火救護義務違反(債務不履行)に基づく損害賠償義務を負うというべきである。

 (3) 被告テレビ東京が主催者として債務不履行責任を負うか
ア 〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。
  (ア) 被告テレビ東京と同レーシングセンターは、平成一〇年三月二五日、一九九八年全日本GTレース大会契約を締結し、同契約書では、上記被告らが共同で大会(本件レース)を運営し、被告テレビ東京が広告宣伝を担当し、同レーシングセンターが競技の編成・運営・会場運営・管理等大会実施の全体について担当する、大会の主催名義は被告テレビ東京と同バイシックの連名とすること、大会に係わる収入・支出の配分は、被告テレビ東京が三割、同レーシングセンターが七割とする、両被告は、大会運営に係わる重要な事項を協議決定するため大会組織委員会を被告レーシングセンターに設置し、委員の構成は両被告同数とするなどと定められている。

  (イ) 被告テレビ東京、同レーシングセンター及び同バイシックは、同富士スピードウェイとの間で、平成一〇年四月二一日、本件レース大会開催に関し、レース場使用契約書及びレース場使用契約書に係る細目覚書一以下併せて「本件レース場使用契約」という。一を締結した。

  (ウ) 被告テレビ東京代表取締役社長の一木豊が本件レースの大会会長を務め、大会組織委員会の組織委員八名の内三名を被告テレビ東京の従業員が占めたが、同従業員らは委員会には出席しなかった。
 イ 前提事実、上記第三の三(1)アの事実、上記認定事実及び〈証拠略〉によれば、被告テレビ東京は、原告の参加申請を受理したことによって、原告との間で本件合意を成立させ、本件レースの主催者の地位に立ち、本件レースの公式記念プログラムに自らを主催者と表示した上、同様に本件レースのプロモーターである被告レーシングセンターとの間で、主催者兼プロモーターとして本件レースに関する費用を負担するとともにその収益の配分にも預かり、被告富士スピードウェイとの間で本件レース場使用契約を締結し、従業員が大会組織委員会の組織委員となって重要事項の協議決定にも関与できる組織形態をとり、本件レース運営の一環として広告宣伝業務を行ったことが認められる。
 以上の事実を総合すれば、被告テレビ東京は、主催者として、本件合意に基づき、競技参加者及び競技車両の安全を確保すべき義務を負い、安全確保義務の一内容として、競技長をして、後続競技車両の安全走行を可能ならしめるように先導車を走行させる義務及び競技車両に事故が発生した場合には、直ちにドライバーを救護する義務、すなわち、適切な消火救護態勢を整えるべき義務を負担すると解するのが相当である。
 被告テレビ東京は、広告宣伝業務に関与するのみであり、本件レースの組織、管理運営等に関与することは予定されておらず、原告の労務に対する管理支配性もないから、単なる名目的主催者にすぎない旨主張する。
 なるほど、被告テレビ東京の従業員が大会組織委員会の組織委員八名の内三名を占めながら、同従業員らが委員会には出席しなかったこと、被告テレビ東京が本件レースの広告宣伝を担当したことは、前記認定のとおりであるものの、被告テレビ東京の従業員が大会組織委員会の組織委員として重要事項の協議決定に関与できる組織形態であったことは上記認定のとおりであり、しかも、被告テレビ東京は、被告富士スピードウェイとレース場使用契約も締結してレース場を使用する権利を取得し、主催者兼プロモーターとして本件レースの収益を取得する立場にあることを考慮すれば、被告テレビ東京が本件レースの運営等にも相当程度関与可能な地位にあったことを否定することはできず、原告の労務に対する管理支配性がなかったともいえないから、被告テレビ東京の主張は採用の限りでない。

 ウ 以上によれは 被告テレビ東京は、被告富士スピードウェイ、同バイシック及び同フィスコとともに、主催者として、上記(1)及び(2)の債務不履行責任を負うというべきである。

 (4) プロモーターの責任について(被告テレビ東京及び同モーターレーシングセン夕ー)
 ア 〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。
  (ア) 平成一二年六月に被告JAFが発行したモータースポーツ・ハンドブック第三版には、プロモーターは、競技会の興行権を保有する者から興行の権利を入手し、競技会の興行面での金銭的な収支を含め、営業上の利益を得られる一方で、最終的な責任とリスクを負い、主催者は、競技会の組織運営全般をプロモーターから請け負い、組織運営面での責任を負うとの記載があり、本件レース時に発行されていた同ハンドブックには、プロモーターが「最終的なリスクと責任を負う」との記載はなかったが、本件レース時と平成一二年当時でプロモーターの役割や責任に特段の変化はない。

  (イ) 国内競技規則四‐一一の競技参加の規定上は、「競技参加者と主催者との契約」と定められ、プロモーターは本件合意の当事者としては上げられていない。  イ 以上のとおり、両被告は、プロモーターとして、主催者らと共同して本件レース大会の開催運営に関与し、本件レース大会による収益を取得し費用を分担していたことは認められるものの、原告との間で直接本件合意をしていなかったのであるから、主催者らとともに同一の債務不履行責任を負うべき地位にあるということはできない。他に両被告が、プロモーターとしての地位にのみ基づいて、原告に対する上記各安全確保義務を負うに至ると解すべき根拠はない。

 ウ したがって、両被告は、原告に対し、プロモーターとしての地位に基づく債務不履行責任を負わないというべきである。

 (5) 以上によれば、被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ及び同テレビ東京は、債務不履行(フォーメーションラップ中の競技車両の安全確保義務違反及び消火救護義務違反)に基づき損害賠償責任を負う。



 四 被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ及び同テレビ東京の不法行為責任
 (1) 〈証拠略〉によれば、競技長は競技役員であるところ、主催者が競技役員を確保し、競技長は大会組織委員会によって任命され、この大会組織委員会は主催者から競技の実質的組織の実施のために必要なすべての権能を委任されたものであることが認められる。そうすると、主催者と被告中村との間には、実質的な指揮監督関係があるといえるから、上記被告らは、被告中村が本件レースのフォーメーションラップ中の競技車両に対する安全確保義務に違反した不法行為により原告に加えた損害につき、被告中村の使用者として不法行為責任(使用者責任)を負う。

 (2) 被告テレビ東京は、被告中村との間に実質的な指揮監督関係がないと主張するが、被告テレビ東京が実質的にも主催者であることは既に認定したとおりであるから、被告テレビ東京の主張は採用しない。

 五 被告JAFの債務不履行責任について
 〈証拠略〉によれば、自動車競技会のライセンスとは、FIAが規定する競技会等に参加することを希望する者に対して発給される登録証明書であり、このライセンスがなければ競技会に参加できないこと、被告JAFは、国内で組織されるすべての競技会に対し監督権を持つこと、被告JAFが発給するライセンスには国際ライセンスと国内ライセンスとがあること、国際ライセンスはFIA全加盟国において有効であり、これを所持するものは、被告JAFの監督権のない海外の競技会に参加できること、原告が所持していたのは被告JAFが発給した国際ライセンスであることが認められ、以上認定の自動車競技会のライセンスの実質及びライセンス発給の効果を考慮すれば、被告JAFが競技会参加者たる原告に対してライセンスを発給する行為は、被告JAFが、FIAによって日本で唯一の自動車競技権能者として公認された者として、原告に対し、国際スポーツ法典等に規定された競技会に参加する資格がある者として登録したことを証明する行為にすぎないものであり、被告JAFは、これを超えて、原告が参加する個々の自動車競技会について、原告の安全を確保すべく主催者らを監督する義務を負うものではないというべきである。
 原告は、被告JAFが絶大な権限を有する公認機構であり、競技規則上も個々の競技会の運営について最高権能を有し、その安全を維持する権限を有し義務を負うことなどから、被告JAFが競技参加者・運転手に対し主催者を監督して競技会を安全に運営する責務を負うと主張するが、被告JAFが競技会について監督権を有するとしても、被告JAFが本件レースに大会審査委員会に委員長及び委員各一名(その権限は本件レースの組織や運営には直接及ばない。)を派遣したこと以外に本件レースの組織やその運営に直接関与したことを認めるに足りる証拠はなく、上記ライセンス発給行為の性質も考慮すれば、原告主張の事実のみでは、被告JAFが原告との関係で主催者を監督して原告の安全を確保する義務を負うとする根拠としては十分でないというべきである。
 よって、原告の主張には理由がない。

 六 被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ、同テレビ東京及び同レーシングセンターの不法行為責任(土地工作物の占有者の責任)について
 (1) 前提事実によれば、本件レース場は、全体として土地の工作物にあたると認められる。
 そして、レース場においては、自動車競技の性質上、火災事故発生の危険は常に存在するから、事故の際、迅速に被害者を救助できるだけの設備を備える必要があるが、消火救護設備は、設備のみで被害者を救助できるものではなく、人の手で運営・使用されて効果を生じるものであるから、本件レース場が、レース場として通常有すべき安全性を有していたというためには、消火救護設備を適切に活用する人員が配置されていなければならないというべきである。
 被告らは人的要素を主とする消火救護態勢そのものは工作物の瑕疵とならないと主張するが、消火救護設備が人的要素と一体となって機能を果たす点を無視するものであって、採用できない。

 (2)通常有すべき安全性を欠いているかどうかの基準については、前記第三の(2)ウ認定と同様、通常発生が予想される事故において、三〇秒以内に被害者を救助できるだけの消化救護態勢があるか否かで判断すべきである。
 そして、本件レース場が事故後三〇秒以内に被害者を救助できるだけの消火救護設備又はこれを使用する人員を配置していなかったことは先に認定したとおりであるから、本件レース場にはその保存に瑕疵があると認められる。

 (3) 本件レース当時、被告バイシック、同レーシングセンターは、レース場使用契約に基づき、同富士スピードウェイは所有者兼主催者として、同フィスコは主催者として、本件レース場を占有していたことが認められる。

 (4) 被告テレビ東京の主張について  被告テレビ東京は、本件レース場使用契約は形式的に締結したものにすぎず、実際には本件レース場を占有していなかったと主張するが、〈証拠略〉によれば、被告テレビ東京は、同バイシック及び同レーシングセンターとともに賃料二〇〇〇万円で同富士スピードウェイから本件レース場を借り受け、被告テレビ東京も相当の費用を負担したこと、被告テレビ東京が借り受けた設備の中には、レーシングコースや観客席の他に、ポスト、緊急車両、消火器など消火救護に必要な一切の設備が含まれていることが認められ、以上の事実に既に認定した被告テレビ東京が主催者として本件レースの運営に相当程度関与しうる地位にあったことをも考慮すると、被告テレビ東京は、本件レース場を占有していたものと認められるから、被告テレビ東京の主張には理由がない。

 (5) 以上によれば、被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ、同テレビ東京及び同レーシングセンターは、本件レース場の占有者として、その保存の瑕疵により原告に生じた損害につき土地工作物の占有者の責任を負う。