被告らの主張


 ここでは原告の主張に対する被告の主張が述べられている。基本的に、自分に過失は全く無い、事故の原因は原告にあると言っている(そうしないと裁判として成立しないため)。



 (2) 被告らの主張
 ア 本件事故発生の経過・原因について
  (ア) 被告中村は、本件レース当日午後二時五分ころ、先導車のドライバー乙山に対し、無線で、当初時速六〇キロメートルで走行することと、フォーメーションラップを五周程度行う予定であることを指示した。
 本件レースは、午後二時一〇分にローリングが開始された。先導車が一一番ポストから一二番ポスト付近を走行中、被告中村は、乙山に対し、速度を時速八〇キロメートルに上げることと、予定どおり更にローリングをすることを指示した。
 被告中村が加速を指示したのは、路面が濡れている場合、五〇〇クラスの車両が水を巻き上げて(スプラッシュ)視界が悪くなることがあり、また、後方集団の競技車両の中には、スタートを確認しないまま、スタートになるとの見込みのもとに加速する(以下「見込みスタート」という。)ものがあるので、競技車両の先頭集団を早めに信号灯のあるコナミブリッジを通過させ、後方集団の視界を良くして信号を確認しやすくし、前方車両への追突事故の可能性を減少させるためである。

  (イ) 先導車の走行速度に関する競技長の指示はあくまで目安であり、先導車のドライバー乙山は、競技車両の追走状況、コースコンディションなどを総合的に判断し、最終コーナーを立ち上がったあたりで時速一〇〇キロメートル、コントロールラインを通過するあたりで時速一二〇キロメートルで走行した。

  (ウ) 被告中村は、コントロールセンターの管制室から競技車両の走行状況を確認していたが、先導車とその後を追走する競技車両は概ね隊列を組みながら淡々と走行していた。先頭集団の巻き上げるスプラッシュは、信号灯までは届いていなかった。午後二時一三分二七秒、星野車と砂子車が接触するという第一事故が発生した。被告中村は、管制員に対し、第一事故の現場位置及び状況を確認するよう指示し、同時に管制室からコース上の状況を確認すると、原告車が、レースがスタートをしたと勘違いしたとしか思えない非常に速い速度でコナミブリッジ付近を通過するのが見えた。その直後、一番ポスト方向で巨大な炎と黒煙が上がった。

  (エ) 砂子車・星野車の第一事故の後、原告車以外の競技車両は、レースがスタートしていないことを確認し、原告車より低い速度で安全に走行していた。
 H項五fは、ローリングスタートの際の先導車については適用されず、競技車両は、先導車との車間距離を五台分以内に保つことは要求されていないから、フォーメーションラップ中の競技車両が「急加速を強いられる」ことなどない。

  (オ) 本件事故の原因は、原告が、スタート信号を確認しないまま、コントロールラインを過ぎても一番ポスト付近までアクセル全開で加速を継続したことにある。


イ 被告中村の不法行為責任について
  (ア) フォーメーションラップ中の競技車両の安全確保義務違反について
 競技長は、競技規則上の役務遂行の責務を負うのみであって、競技運転者の安全確保義務は負わない。
 また、本件レースにおける先導車の走行には何の問題もなく、被告中村に過失はない。  本件コースは、シケインから最終コーナーにかけて登り勾配となっており、競技車両が低速のためにエンストすることのないよう、加速するのは当然の走行である。
 乙山は、被告中村が時速八〇キロメートルヘ加速するようにと指示したにもかかわらず、コントロールライン付近で時速一二○キロメートル程度に加速したが、もともと先導車の速度にはレギュレーション上の規制はなく、先導車ドライバーの合理的な判断・裁量に委ねられており、また、競技車両の中には見込みスタートにより急加速するものもあるから、追突されることを避けるため、加速することは当然許されるものである。
 市販車の性能を大幅に上回る競技車両にとっては、時速一二〇キロメートルという速度は安全な速度であり、何ら問題ではない。
 競技長は、先導車が明らかに不当又は危険な運転をしていない限り、先導車に対し、走行速度を指示する義務を負わないところ、本件レースにおける先導車の走行には何ら問題はなく、被告中村は、先導車以下の競技車両が淡々と走行しているのを確認しているのであるから、被告中村に過失はない。


  (イ) 消火救護義務違反について
 本件事故後、適切な消火救護活動が行われたものであり、被告中村に過失はない。
 本件事故発生後、被告中村は、直ちに一斉放送により全ポストと緊急要員に赤旗表示を指示し、本件レースを中断した。この赤旗表示に従い、隊列を追走していた三台のレスキューカーと、ピットA棟及びピットB棟の緊急車庫の緊急車両が直ちに事故現場へ急行した。被告中村は、オフィシャルが行くべき現場について具体的指示をしなかったが、これは、競技長以下の管制から無線で指示を出すと現場が混乱するため、現場の判断を優先させたものである。
 なお、H項は勧告規定であり、一五秒又は三〇秒以内に消火要員が到着することは努力目標にすぎず、H項を満たすことができなかったからといって直ちに不法行為を構成するものではない。
 緊急車両やポストのオフィシャルが、原告車のもとに到着するのが遅れたのは、深沢寿裕運転の競技車両(以下「深沢車」という。)が隊列から遅れて走行していたことから(以下「スロー走行」という。)、これを追走していたレスキューカーと本隊の競技車両との車間距離が普段のレースより開いていたことや、原告車から脱落したガソリンタンクがコース上に燃料をまき散らし、大量の炎と煙を巻き上げていたこと、事故現場が複数にわたったことが原因である。そして、原告車は山路によって原告車停止後三〇秒以内に消火されたのであるから、原告の損害拡大と被告中村の競技長としての行為との間には因果関係はない。
 むしろ、原告の損害が拡大した原因は、原告車のガソリンタンクが鉄より強度が劣るアルミリベットにより取り付けられていたこと、国際モータースポーツ競技規則付則L項第三章二条により着用が義務づけられていた耐火性のアンダーウェア及びバラクラバ帽を着用していなかったからにほかならない。
 したがって、被告中村は、消火救護活動について何ら過失はなく、仮に過失があったとしても、被告中村の過失と原告の損害拡大との間に因果関係がない。

 ウ 被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ、同テレビ東京及び同レーシングセンターの債務不履行責任について
  (ア) フォーメーションラップ中の競技車両の安全確保義務違反について
 高度の危険を伴う自動車レースに参加するものは、自分の安全は自分で守るべきであって、主催者に安全確保義務はない。
 また、本件レースにおいて、先導車の走行に何ら問題がなかったことは上記イ(ア)のとおりであり、本件事故は原告の無謀運転が原因で発生したものであって、上記被告らに注意義務違反はない。

  (イ) 消火救護義務違反について
 本件レース場における消火救護態勢には何ら問題はない。
 H項は勧告規定であり、両側三〇〇メートル間隔又は片側一五〇メートル間隔で消火器操作員を配置する義務はない。消火器操作員を配置するためには、操作員の安全を確保するため、デブリフェンスを備えたポストを設置する必要があるが、上記間隔でポストを設置すればコースの視界が悪くなり危険である。
 本件コースは、FIAの安全基準を満たした国際公認コースであり、また、本件事故後である平成一〇年八月一九日に実施されたFIAの現地査察においても、消火器操作員を置くようにとの指示はなかった。
 そして、本件レース場における消火救護態勢によっても、深沢車のスロー走行などがなければ三〇秒以内に原告車を消火し原告を救助することは十分可能だったのであり、消火救護態勢に不備はなかった。
 また、本件事故に、おける消火救護活動についても、H項は勧告規定であって、一五秒以内又は三〇秒以内に救助する義務があるわけではなく、消火救護活動に何ら問題がなかったことは、上記イ(イ)のとおりである。
 したがって、上記被告らに消火救護義務違反はない。

  (ウ) プロモーターの責任について(被告テレビ東京及び同レーシングセンター)  主催者が債務不履行責任を負う場合であっても、プロモーターが主催者と並んで債務不履行責任を負う法的根拠はない。

  (エ) 被告テレビ東京の主張
 被告テレビ東京は、広告宣伝を効果的に行うために形式的に主催者に名を連ねていたにすぎない。被告テレビ東京は、自動車競技を主催できる団体として被告JAFに登録されておらず、本件レースの主催者ではない。
 原告の請求は、安全配慮義務違反を根拠とするものと考えられるが、安全配慮義務が認められるためには、契約の一方当事者が他方に管理支配性を及ぼしていることが必要であるところ、被告テレビ東京は、広告宣伝業務に関与するのみであって、本件レースの組織・管理・運営、規則の制定、消火救護態勢・活動に関与しておらず、原告に対する管理支配性がなかった。
 被告テレビ東京は、主催者としての実質もなく、原告とレース参加契約を締結していないから、原告との問に債権債務関係はない。

 エ 被告富士スピードウェイ、同バイイシック、同フィスコ及び同テレビ東京の不法行為責任(使用者責任)について
  (ア) 被告中村に過失がなく、不法行為が成立しない以上、当然上記被告らが使用者責任を負うことはない。
  (イ) 被告テレビ東京の主張
 被告テレビ東京は、本件レースの組織・管理・運営に関与しておらず、競技長である被告中村との間に指揮監督関係が存在しないから、使用者責任を負うことはない。

 オ 被告JAFの債務不履行責任について
  (ア) 原告と被告JAFとの間には、本件レースに関して何らの債権債務も存在しない。すなわち、自動車競技会のライセンスとは、自動車競技への参加資格を有する者であるとの登録を受けた登録証明書にすぎず、単に資格登録を証明する書面であるライセンスの発給に関して、原告主張のごとき契約関係が発生することなどありえない。

  (イ) 被告JAFは、競技会審査委員を任命し、競技会の結果を報告させることによって、競技会に対する自らの監督権を行使するが、個々の競技会の執行には関与せず、競技会の組織又は競技の執行に対して責任を負わない。競技の運営は、競技運営者とその任命する競技長に委ねられているのであって、被告JAF及び被告JAFの派遣する競技会審査委員は、競技長を指揮監督する立場にない。

  (ウ) 被告JAFは、サーキットからのコース公認の申請や、オーガナイザーから組織許可の申請があれば、規則への適合をチェックして公認する。このように、被告JAFの公認とは、規則ないし基準に適合していることの証明にすぎず、競技参加者・競技運転者に対して自動車競技の安全を保証するものではない。

 力 被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ、同テレビ東京及び同レーシングセンターの不法行為責任(土地工作物の占有者の責任)について
  (ア) 土地の工作物とは、土地に接着して人工的作業を加えることによって作り出された物をいうところ、本件レース場の消火救護態勢は主に人的要素からなっており、本件レース場は土地の工作物には当たらない。

  (イ) 本件レース場における消火救護態勢に不備がないことは、上記ウ(イ)のとおりであるから、本件レース場の保存に瑕疵は存在しない。よって、上記被告らが不法行為責任(土地工作物の占有者の責任)を負うことはない。

  (ウ) 被告テレビ東京の主張
 被告テレビ東京が同バイシックとの間で締結したレース場使用契約は、被告が形式的に主催者となったことから形式的に締結したものである。
 被告テレビ東京は、本件レースの組織・管理・運営、規則の制定、消火救護態勢に関与する立場にはなく、実際にも関与していなかったのであり、本件レース場を事実上支配し、その保存の瑕疵を補修して損害の発生を防止する立場にはなく、本件レース場を占有していたものではない。

 キ 本件誓約書の効力(本案前の主張を含む。)
 高度の運転技術、能力、経験を有する者が自らの意思で高度な生命・身体の危険を伴う自動車競技に参加した以上、その競技中に発生した事故に基づく損害については、自己責任の原則が妥当し、自動車競技に参加する者は、原則として、法的手段により他人に対して責任追及を行わない反面、他人からの法的責任の追及からも免責される。
 原告は、本件誓約書に署名して大会組織委員会に提出したことにより、主催者、競技長その他レース関係者に対する損害賠償請求権を事前に放棄したものであるから、原告の本訴請求は、訴権を欠く不適法な訴えとして却下を免れないか、少なくとも請求権を欠くことが自明の請求として棄却されるべきである。

 ク 損害
 否認し、又は争う。

 ケ 過失相殺(被告テレビ東京の主張)
 原告は、信号灯を確認しないまま、見込みスタートをして時速二〇〇キロメートルを超える高速走行をし、さらにレギュレーション上禁止されている前方車両の追い越しをしたことで、車両のコントロールを失い本件事故を発生させたものである。
 また、原告は、国際モータースポーツ競技規則付則L甲第三章二条において着用が義務づけられている耐火性のアンダーウ工アとバラクラバ帽を着用していなかった。  さらに、原告車のガソリンタンクは、強度の劣るアルミリベツトで取り付けられていたことから、本件事故の際に脱落したものであり、このガソリンタンクが炎上したことにより、オフィシャルが原告車のもとに駆けつけるのが遅れたものである。
 したがって、本件事故の発生についても、損害の拡大についても、原告には過失がある。