原告の主張


 前提事実などを述べたあとは、原告・被告双方の主張に入る。ここでは原告の主張について記す。簡単に言うと、被告が一方的に悪いと述べている部分である。



 三 主たる争点及び争点についての当事者の主張
 (1) 原告の主張
 ア 本件事故発生の経過・原因について
  (ア) 本件レース当時は、先導車の速度について、レギュレーション上明文の規定はなかった。しかし、競技車両は、フォーメーションラップ中、追い越しをしてはならず(大会特別規則)、また、相互に車両五台分以内の距離を保って整列走行しなければならない(H項五f)ことなどから、先導車は後続車両において車間距離を安定的に確保させ、安全に走行させる必要があり、概ね時速八〇キロメートル程度以下で走行することが求められる。特に、本件レース当日は、前夜からの雨が断続的に降り続き、本件コースは水浸しに近い状態であったから、より一層慎重な走行が求められていた。

  (イ) 乙山松夫(以下「乙山」という。)運転の先導車は、一周目のフォーメーションラップ中、旋回半径の小さいBコーナー(以下「シケイン」という。)を抜けたあたりから走行速度を上げ、最終コーナーに差し掛かったあたりで時速一〇〇キロメートルを超える速度で走行した。そのため、後続の競技車両は、先導車から次第に遅れをとり、車間距離を広げないために急加速を余儀なくされた。
 先導車は、本件コースの直線部分(以下「ホームストレート」という 一に入ると更に加速し、コントロールライン付近を時速一五〇キロメートル前後の速度で走行した。五〇〇クラス車は、先導車と同様に加速しながらこれに追従したが、三〇〇クラス車は、加速性能が五〇〇クラス車よりも劣るため、高速で車間距離を広げていく五〇○クラス車へ整列したまま追従走行を維持しようとして、破格の加速を強いられることになった。

  (ウ) その後、先導車は、第一コーナーに近づいて減速したため、五〇〇クラス車がこれに続いて減速し、各競技車両の車間距離が急速に狭くなって渋滞に近い状態となった。
 他方、三〇〇クラス車は、急加速してホームストレートに入ったが、ホームストレート上には、競技車両が高速走行をしたときに路面の水が巻き上げられてできる濃密な水煙(以下「ウォータースクリーン」という。)が地表一〇数メートルの高さにまで形成されており、前方の視界が著しく悪くなっていた。そして、加速する三〇〇クラス車が増えるに従い、ウォータースクリーンはますます激しくなり、各競技車両は、混乱に陥った。

  (エ) このように、三〇〇クラス車が混乱したまま走行する中、三〇〇クラス車の中で二番手を走っていた砂子車は、ウォータースクリーンの中から突然現れた、第一コーナーに向けて減速していた五〇〇クラス車の集団を避けることができず、先行する星野車に接触してしまった(第一事故)。

  (オ) ところで、原告車の前を走行する、スターティンググリッド三〇番の和田孝夫(以下「和田」という。)運転の競技車両(以下「和田車」という。)は、五〇○クラス車であるところ、シケインを抜けたあたりから加速し、最終コーナー付近では非常に強く加速したため、原告車もこれに追いつこうと加速した。原告車は、和田車に追従して隊列を守ろうとしたが、ホームストレートに入るとウォータースクリーンのために前後の視界が悪くなり、霧の中を走行するような状態となった。
 原告は、スタート信号を確認するため減速するか、後続車からの追突を避けるため和田車に追走するかの選択を迫られた結果、フットブレーキは踏まず、アクセルを全閉にして減速することにした。

  (カ) 原告は、コナミブリッジを通過する際、スタート信号が点灯していないことを確認したが、その直後、前方に和田車のブレーキランプがついているのに気付きブレーキを踏んだところ、さらにコース左側に複数の競技車両のブレーキランプが見えたので、これを避けるために右側に回避した。
 しかし、コース右側には減速態勢に入った和田車がいたため、急いでコース左側に戻ろうとしたが、そこにはスターティンググリッド二六番の近藤真彦運転の競技車両(以下「近藤車」という。)とスターティンググリッド二九番の中谷明彦運転の競技車両(以下「中谷車」という。)がいて再び進路を塞がれるかたちとなった。
 そこで、原告は、前方車両への衝突を避けるため、やむを得ずコースアウト側の安全地帯へ回避したところ、そこには既に砂子車が停止しており、もはや砂子車との衝突は避けられなくなった。原告は、衝突の衝撃を少しでも和らげようと車体をスピンさせ、結局、原告車の右側から砂子車の前部に激突した一本件事故)。
 本件事故の衝撃により、砂子車の積載していたガソリンが原告車内に飛び込み、原告車は一気に炎上した。

 (キ) このように、本件事故は、先導車が、フォーメーションラップ中にもかかわらず、シケイン通過後から不用意に加速を開始し、コントロールライン付近では時速一五〇キロメートル前後に達する高速で走行しながら、第一コーナー手前で急減速したことによって、原告が、他の競技車両と同様に、視界不良の状態の中で、前方の競技車両に追従するための加速を強いられて、第一コーナーの手前での先導車の急減速に伴って順次減速を余儀なくされていた前方の競技車両との衝突回避が不可能となった結果、発生したものである。


 イ 被告中村の不法行為責任
  (ア) フォーメーションラップ中の競技車両の安全確保義務違反
 競技長は、自動車を所定の順序でスタートラインに進行させ、出走させる任務を負い一国内競技規則一〇‐一三一、フォーメーションラップ中の競技車両の位置や周回回数、先導車の走行速度により規制される競技車両の全体としての走行速度などもすべて競技長が判断して決定するのであるから、競技長は、フォーメーションラップ中の競技車両の走行に関し、ドライバーの安全確保の責任を負い、後続競技車両が一定距離を安定的に確保して安全に走行できるよう先導車を走行させる義務を負う。
 しかし、被告中村は、特に本件レースではウォータースクリーンにより視界が極度に悪かったにもかかわらず、先導車が、競技車両の安全確保が可能な速度である時速八〇キロメートルを大幅に超過した時速一五〇キロメートル前後の速度で走行するのを漫然と放置し又は容認して、競技車両を先導車に追従走行させ、各競技車両を安全にスタートさせる義務を怠り、事故が発生し易い危険な状況を作り出して本件事故を発生させた。

  (イ) 消火救護義務違反
 H項第一章は、競技長の統轄下において、コース上の安全状態を維持するために、競技会の運営及び緊急役務の実施に必要な専門応援体制を持つことを定め、被告JAF公認審判員服務要項は、救急委員長が競技長と打ち合わせて緊急配備計画を作成して人員、車両、器材、薬品を分散配備し、万全の救急体制を整えてその統括指揮にあたるものとし、事故が発生した場合には、競技の続行に影響のある重大なものについては直ちに管制委員長から競技長に通知すべきことを定めている。
 すなわち、競技長には、事故発生時、緊急に消火救護活動を実行する義務がある。
 そして、消火救護に要する時間については、H項は、一五秒以内に消火要員による第一緊急消火処置を行い、三〇秒以内に機動性を有する消火装置による第二緊急消火処置を行うよう定めている。この規定は、一旦車両火災が起こった場合、ドライバーは三〇秒程度で窒息する危険があり、ドライバーが着用するへルメットやレーシングスーツの耐火性能も、概ね三〇秒程度に設計されていることから要求される、人命救助のための最低限の基準である。またH項の消火役務についての規定の中で「・・・・・・なければならない」と義務づける文言と、「推奨される」と勧告する文言が明示的に使い分けられている。したがって、H項は単なる勧告規定ではなく、法的規範性を有するものである。
 本件では、第一事故及び本件事故によって三台の車両が停止し、救護に向かうべき事故現場が三箇所に分かれたが、このような多重事故において、現場のオフィシャルが独自の判断で行動すれば、一つの事故現場に人員が偏り、適切な救助活動が行われないおそれがあるから、モニター画面から事故状況を把握し、各オフィシャルから報告を受けられる被告中村及びその指揮下にある管制が、各オフィシャルに対し、どの事故現場に急行すべきか適切に指示する必要があつた。
 しかし、本件事故発生後、被告中村及び管制は、何ら具体的な指示をしなかったため、原告車のもとに最初にオフィシャルが到着した時間は、レスキューカーであるフィスコ一三号が本件事故発生後から七三秒後、破工車が到着したのが本件事故発生後から七八秒後であり、H項の規定である一五秒以内又は三〇秒以内という基準から遥かに遅れていた。被告らは、山路により原告車が消火されたことをもって消火救護作業が適切にされたと主張するようであるが、同人は競技車両のドライバーであり、いかなる意味においても消火要員ではない。
 仮に、被告中村及び管制から、原告車より脱落したガソリンタンクでなく原告車のもとに直行するよう指示があれば、ピットA棟緊急車庫から出動した破工車は、本件事故発生から四〇秒程度で原告車のもとに到着し、消火活動を行えたはずである。また、ピットB棟緊急車庫に待機していたレッカー車に対し、原告車のもとに出動するよう指示していれば、ピットB棟緊急車庫の方がピットA棟緊急車庫より原告車停止位置に近いことを考えると、更に短時間で原告車のもとに到着し、消火活動に着手できたはずである。
 したがって、被告中村及び管制が、本件事故の全体状況を正確に把握し、オフィシャルに適切な配置を指示をしていれば、原告がレーサー活動への復帰が不可能となるほどの重大な後遺障害を負うことはなかったのであるから、被告中村の過失と原告の損害拡大には因果関係がある。

  (ウ) 以上のように、被告中村の過失により、本件事故が発生し、更に原告の損害が拡大したものであるから、被告中村は、不法行為に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

 ウ 被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ、同テレビ東京及び同レーシングセンターの債務不履行責任
  (ア) フォーメーションラップ中の競技車両の安全確保義務違反
 本件レースの主催者である被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ及び同テレビ東京は、競技参加者である原告との間のレース参加契約により、競技参加者の身体の安全を最大限確保すべき義務一安全確保義務一を負うところ、フォーメーションラップ中においては、競技長をして、後続競技車両が安全に走行できるよう先導車を指導監督する義務があるのにこれを怠り、先導車の前記高速走行を漫然放置して本件事故を発生させた。

  (イ) 消火救護義務違反
 主催者は、競技参加者とのレース参加契約により、競技車両に事故が発生した場合に、直ちにドライバーの救護を中心とした緊急の措置をとる義務、すなわち、適切な消火救護態勢を整備し、かつ、事故が発生した際には緊急に消火救護活動をすべき義務を負う。  H項は、上記消火救護態勢につき、消火器操作員をトラックの両側に三〇〇メートル間隔又は片側に一五〇メートル間隔で配置するよう定めている。H項は、既に述べたように単なる勧告事項ではなく、法的規範性を有する規定である。
 本件レース場には、本件コース側壁に手動消火器が設置されていたものの、消火器を操作できる要員として想定し得るのは各ポストやピットのオフィシャルのみである。本件事故発生後、原告車が停止した位置は、一番ポストと二番ポストの間の本件コースイン側であるが、両ポストはいずれも本件コースアウト側にあり、両ポストの間隔は三七〇メートルであるから、上記被告らは、本件コースイン側に少なくとも二名の消火器操作員を配置する義務があった。
 しかし、上記被告らは、上記義務を怠り、H項の基準を満たすよう消火器操作員を適切に配置せず、一・二番ポストやピットのオフィシャルが原告車のところに一五秒以内又は三〇秒以内に到着することは不可能であった。
 仮に、ピットA棟緊急車庫やピットB棟緊急車庫の緊急車両が、本件事故発生後遅滞なく原告車のところに直行した場合には、事故発生後三〇秒以内に到着できた可能性はあるが、消火要員による消火である第一緊急消火処置と機動性を有する消火装置による消火である第二緊急消火処置は、どちらか片方さえ満たせばいいというものではないから、結局本件レース場における消火救護態勢には不備があった。
 本件レース場が、H項の基準を満たしていれば、原告車は三〇秒以内に消火されて原告も救助されたはずであり、原告がレーサー活動への復帰が不可能になるほどの重大な後遺障害を負うことはなかったのであるから、消火救護態勢の不備が、原告の損害を拡大した。
 また、消火救護活動については、上記被告らは、H項に規定されているように、一五秒又は三〇秒以内に緊急消火処置を行わなければならないところ、上記イ(イ)のとおり、原告に対する消火救護活動は著しく遅延した。

  (ウ) プロモーターの責任
 被告テレビ東京及び同レーシングセンターは、本件レースのプロモーターであるところ、プロモーターは、競技会に関して興行利益を得る者として、主催者と同一の責任を負うから、主催者が債務不履行責任を負うときには、これと同一の責任を負う。また、プロモーターは、実質的にも、莫大な興行利益を得る立場にある以上、興行損失(興行責任)も負うべきである。人命尊重を旨とする現代社会においては、主催者や興行主が安全配慮義務を負わずに競技者に生命の危険を負わせ、興行利益を得ることは到底許されない。

  (エ) よって、被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ、同テレビ東京及び同レーシングセンターの債務不履行により、本件事故が発生し、また、原告の損害が拡大したものであるから、上記被告らは、原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

 エ 被告富士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ及び同テレビ東京の不法行為責任(使用者責任)
 上記被告らは、被告中村の使用者として、被告中村の上記イの不法行為について使用者責任を負う。

 オ 被告JAFの債務不履行責任
 自動車競技会に参加し、競技車両を運転するためには、被告JAFが発給するライセンスが必要であり、ライセンスの発給請求者と被告JAFとの間には、ライセンスの発給・維持に伴う債権債務関係(ライセンス契約一が存在している。
 被告JAFは、競技会を公認し、国内で組織されるすべての競技会の監督権を持つなど、絶大な権限を有する公認機構であるから、レースを安全に運営する債務を遂行することは十分に可能なことであり、このような責任を前提にしなければ、レースの安全確保は貫徹されない。また、被告JAFは、競技規則上も、個々の競技会の競技運営について最高権能を有し、その安全を維持する権限と義務を有するものとされている。
 そこで、被告JAFは、ライセンス契約の内容として、主催者がその義務を適正に履行するよう平生から指導監督し、競技会を安全に運営する責務を競技参加者・競技運転手に対して負うところ、本件レースにおいてその義務を怠り、主催者に、安全確保義務及び消火救護義務を適正に行わせなかった。
 よって、被告JAFは、債務不履行に基づき、原告に対し、損害を賠償する責任を負う。

 力 被告富士士スピードウェイ、同バイシック、同フィスコ、同テレビ東京及び同レーシングセンターの不法行為責任(土地工作物の占有者の責任)
  (ア) 本件レース場は、その全体が土地の工作物であるところ、レース場は、衝突炎上事故の発生する高度の危険を内包する工作物であるから、レース場が通常有すべき安全性を確保するためには、物的設備だけでなく、要所要所に消火救護要員を配置するなどの人的安全設備の充実が必要不可欠である。

  (イ) レース場については、ドライバーやオフィシャルなどの安全を確保するため、H項をはじめとする安全基準が定められており、被告らは、この国際基準を遵守することが義務づけられている。
 そして、このH項が定めた両側三〇〇メートル間隔又は片側一五〇メートル間隔の消火器操作員の配置などは、前述のとおり、ドライバーの生命を守るための最低限の安全基準であって法的規範性を有するから、レース場が土地の工作物として通常有すべき安全性を有しているというためには、H項の上記基準を満たしていなければならない。
 しかし、本件レース場は、ポストのオフィシャル以外に消火器操作員を配置しておらず、H項の基準を満たしていないから、土地工作物の保存に暇疵があったというべきである。

  (ウ) 本件レース当時、被告バイシック、同テレビ東京及び同モーターレーシングセンターは、本件レース場の所有者である被告富士スピードウェイとの間のレース場使用契約に基づき、本件レース場を占有していた。
 また、被告富士スピードウェイ及び同フィスコは、主催者として本件レース場を占有していた。

  (エ) そして、本件レース場に消火器操作員が適正に配置されていれば、原告は事故発生から三〇秒以内に救出された可能性が高く、重大な後遺障害を負うことはなかったから、本件レース場の保存の瑕疵により原告の損害が拡大した。よって、上記被告らは、不法行為(土地工作物の占有者の責任)に基づき、原告に対し、損害を賠償すべき義務を負う。