原告の請求、事案の概要および前提事実


 ここでいう請求とは、原告が出した請求額であり、これをもとに過失相殺等をした上で、前頁の主文に書かれている賠償金額が算出される。「第二 事案の概要」以降に書かれていることは、当事案の概要と判決を出すために必要となる前提事実である。


       事実及び理由
 第一 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して、金二億九八五四万二七〇五円及びこれに対する平成一〇年五月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 第二 事案の概要一 本件は、富士スピードウェイにおける自動車レース一平成一〇年五月三日開催の全日本GT選手権シリーズ第二戦・全日本富士GTレース大会決勝レース一のスタート前の予備走行中、原告運転車両一以下「原告車」という。一が他の競技車両に衝突して炎上するという事故一以下「本件事故」という。一が発生し、原告が全身に重度の熱傷等を負ったところ、原告が、本件事故は被告らの注意義務違反により発生したものであり、また、被告らの注意義務違反及びレース場の瑕疵によって原告の損害が拡大したと主張して、競技長であった被告中村靖比古(以下「被告中村」という。)に対しては、不法行為に基づき、競技主催者でありレース場の所有者兼占有者であった被告富士スピードウェイ株式会社(以下「被告富士スピードウェイ」という。)、競技主催者であリレース場の占有者であった被告ビクトリーサークルクラブ(以下「被告バイシック」という。)、同じく競技主催者であリレース場の占有者であった被告FISCOクラブ(以下「被告フィスコ」という。)、競技主催者兼プロモーター一興行主一であり、レース場の占有者であった被告株式会社テレビ東京(以下「被告テレビ東京」という。)及びプロモーターであつた被告株式会社日本モーターレーシングセンター(以下「被告レーシングセンター」という。)に対しては、債務不履行及び不法行為に基づき、競技の公認機構である被告社団法人日本自動車連盟一以下「被告JAF」という。一に対しては、債務不履行に基づき、損害賠償金二億九八五四万二七○五円及びこれに対する本件事故の日である平成一〇年五月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを請求した事案である。


 二 前提事実(証拠を掲記しない事実は争いがない。)
 (1) 当事者
 ア 原告は、昭和五七年にレーサーとしてデビューし、筑波サーキットにおけるFJ一六〇〇チャンピオン、全日本選手権シリーズF3、富士グランチャンピオンシリーズと出場クラスを上げ、全日本選手権F三〇〇〇シリーズなどのトップフォーミュラーレースにも出場したが、平成五年にGTカーレースに転向し、四年連続してル・マン二四時間レースに出場するとともに、平成六年からは全日本GT選手権シリーズへの出場を重ね、フェラーり遣いの名手として知られていたレーサーである。
 原告は、平成一〇年五月三日、〈住所略〉所在の富士インターナショナルスピードウェイ・国際レーシングコース(以下「本件コース」という。また、本件レースを含め、富士スピードウェイのレース場全体を「本件レース場」という。)において開催された「一九九八AUTOBACSCUP全日本GT選手権シリーズ第二戦全日本富士GTレース大会」決勝レース(以下「本件レース」という。)に出場したが、予備走行中に起こった本件事故により、全身に重度の熱傷等の傷害を負った。

 イ 被告JAFは、国際自動車連盟一以下「FIA」という。)に加盟し、FIAによって、日本国内の自動車競技を統括する唯一の自動車競技権能者として公認された団体一社団法人一である。
 自動車競技は、FIAの定める国際モータースポーツ競技規則及び各国の統括団体の定める国内競技規則に従って行われるところ、日本においては、被告JAFに登録された者でなければ自動車競技を開催できない。

 ウ 被告バイシック及び被告フィスコは、いずれも権利能力なき社団であって、被告JAFの公認クラブとして登録されており、本件レースを主催するオーガナイザー(以下「主催者」という。一である。
 国内競技規則二‐二〇によれば、主催者は、「競技会またはその他の大会の開催を発起し、競技等を組織・運営する個人または団体」と定義される。

 エ 被告富士スピードウェイは、被告JAFの公認団体として登録されており、本件レースの主催者である。また、本件レース当時、本件レース場を所有していた。

 オ 被告テレビ東京は、自動車競技を主催できる団体として被告JAFに登録されていなかったが、本件レースの公式記念プログラムに主催者及びプロモーターとして表示されていた。

 力 被告レーシングセンターは、本件レースのプロモーターである。

 キ 被告中村は、本件レースの競技長である。


 (2) 本件レースについて
 ア 本件レースは、被告JAFの公認を受けた公認競技会として、国際スポーツ法典及びその付則、国内競技規則及びその付則(乙D一)、一九九八年全日本GT選手権統一規則、大会特別規則(乙D四)などの諸規則(以下、上記諸規則を「レギュレーション」という。)に則って開催され、被告JAFが発給する競技許可証(以下「ライセンス」という。)の所持者のみが参加することのできる国内格式のレースである。

 イ 本件レースでは、スタート前に競技車両が予備走行(以下「フォーメーションラップ」という。)を開始し、スタート直前まで先導車が競技車両を誘導走行し、信号灯の合図によりスタートを開始するローリングスタート方式がとられた。
 大会特別規則によれば、セーフティーカーが先導車を務めることになっており、各車両はセーフティカーに先導されスターテインググリッドの隊列を保ったままフォーメーションラップを開始し、全車はフォーメーションラップ中の追い越しを禁止される。
 レギュレーションには、先導車の走行速度について特段の規定はない。

 ウ 本件コースは、全長四四七〇メートル、右回りの国際公認コースで、本件レース開催当時における配置は、別紙「富士スピードウェイ・コース平面図」(以下「別紙平面図」という。)のとおりであり、競技車両に対する信号表示等を行うための設備として、一番から一三番までのオブザベーションポスト(以下、オブザベーションポストを「ポスト」といい、一番のオブザべーションポストを「一番ポスト」といい、他のポストも同様に略称する。)、メインフラッグタワー及びサブフラッグタワーが走路に隣接して設置されるとともに、走路の上を跨ぐ形で二つの信号ブリッジ(以下、コントロールラインにより近いブリッジを、「コナミブリッジ」といい、その先のブリッジを単に「ブリッジ」という。一が架設され、各ブリッジには、信号機が設置されていた。

 エ 本件レースには、GT五〇〇クラスの競技車両(「五〇〇クラス」とは五〇〇馬力を指す。以下、五〇〇クラスの競技車両を「五〇〇クラス車」といい、三〇〇クラスについても同様に略称する。)二二台とGT三〇〇クラス車二三台の合計四五台が参加した。各競技車両は、予選の成績順に二列に並んでグリッドに着くが、その順序は別紙スターティンググリッド位置のとおりである。
 本件レースにおいては、スターティンググリッドの一番ないし一九番、二八番、三○番が五〇〇クラス車、二〇番ないし四五番(二八番、三〇番を除く)が三〇〇クラス車であり、概ね五〇〇クラス車が前半に、三〇〇クラス車が後半に位置していた。

 オ 原告は、本件レースに先立ち、一九九八年度全日本GT選手権シリーズ参加誓約書と題する書面(乙A三中の添付書類(15)。以下「本件誓約書」という。)に署名・捺印し、大会組織委員会に提出した。本件誓約書には、競技参加にあたり関連して起こった事故で受けた損害について、決して主催者・競技役員等に損害賠償を請求しない旨の記載がある。
 なお、大会組織委員会とは、自動車競技の実質的組織及び特別規則の実施のために必要なすべての権能を競技会の主催者より委任され、被告JAFによって承認された組織体である。


 (3) 本件レース場の消火救護態勢
 ア 本件コースの側壁には、コースアウト側の側壁に六五本、コースイン側の側壁に四七本の手動消火器が設置されている。

 イ 本件コース上には、一〇台の監視カメラ(C一ないしC一〇)が設置され、カメラは三三〇度の回転やズームアップをすることができる。本件事故現場付近を撮影可能なカメラは、グランドスタンド上に設置され第一コーナー付近を監視していたC一と、第一コーナー外側に設置され、四番ポスト方向を監視していたC二であった。
 コントロールセンター(コントロールタワー)の二階部分に、ピットレーンに面して管制室が設けられ、室内には監視モニター、一斉指令マイク、各ポストとの連絡電話等が設置されている。管制室は、ピットレーン側がガラス張りになっていて、コントロールライン付近のホームストレートの状況を見渡すことができる。管制室には一五台のモニターテレビが設置されており、このうち一〇台がC一ないしC一〇の監視カメラに、一台がテレビ局の実況中継に接続されていて、本件コースの状況を監視することができた(検証の結果)。

 ウ 各ポストには、三本程度の消火器、管制室への直通電話、各ポスト間との連絡電話、管制室からの一斉放送を流すスピーカー等が設置されている。
 各ポストには数名の競技委員(以下「オフィシャル」という。)が待機し、事故が発生した場合にはポストから事故現場に駆けつけるが、ポストのオフィシャルは消火活動を専門に行う消火要員ではない。また、各ポストは周囲をデブリフェンスと呼ばれる金網で囲まれており、事故などで飛んでくる金属片などからオフィシャルを保護する設計となっている。
 各ポストのオフィシャルの他に、コース上に、消火器を操作することができる要員は配置されない。
 なお、本件事故により、原告車が停止した位置は、一番ポストと二番ポストの間の本件コースイン側であったが、両ポストとも本件コースアウト側に位置し、両ポストの間隔はおよそ三七〇メートルであった。

 エ 本件レースのフォーメーションラップ中、競技車両の隊列の後を、レスキユーカー二台及びドクターカー一台が追走していた。
 また、緊急車両として、救急車三台、消火車五台、破壊工作車(レスキューツール搭載車とも称する。以下「破工車」という。)一台、クレーン付きレッカー車四台、牽引車三台が、ピットA棟緊急車庫〈証拠略〉の救急配置表に記載の「コントロールタワー下」を指す。)、ピットB棟緊急車庫一同救急配置表に記載の「ピット出口五番ゲート」を指す。一など本件コースの周囲八か所に配備されていた。

 オ 国際モータースポーツ競技規則付則H項(以下「H項」という。)は、日本国内で開催されるJAF公認競技に国内競技規則の付則として適用される。被告JAFの翻訳によれば、H項の表題は、「国際モータースポーツ競技規則 付則H項 ロードの管制および緊急役務についての勧告」となっている。
 H項の「消火役務」の項には、消火態勢が満たさなければならない基礎的必要条件として、「発火しやすいと考えられる事故発生後、サーキットのいかなる地点にあっても消火要員は槃よそ一五秒以内に現場に到着し、車両の運転席を取り片付けるための適切な処置をとることができなければならない。(第一緊急消火処置)」「事故発生後およそ三〇秒以内に機動性を有する消火装置は火災を完全に消火する装備をもって現場に配置されなければならない。(第二緊急消火処置)」と規定され、設置すべき器材として、「手動消火器に一名の操作員をつけトラックの両側に三〇〇m間隔で各一台を設置しなければならない。これは容認される最大間隔である。トラックの両側を使用することが不可能であったり、あるいは実際的でない場合には、すべて片側のみで使用してもよい。この場合には、消火器操作員の間隔は最大一五〇mとする。手動消火器(操作員をつけない)を五〇m間隔で配置することが推奨される。」と規定されている。


 (4) 本件事故の発生
 ア 平成一〇年五月三日午後二時ころ、本件レースのフォーメーションラップが開始されたが、先導車が一周目の周回を終えるころになってもスタートを示す信号は点灯せず、周回が続行された。

 イ フォーメーションラップニ周目において、砂子智彦(以下「砂子」という。)運転の競技車両(以モ「砂子車」という。)と星野薫(以下「星野」という。)運転の競技車両(以下「星野車」という。)が、ホームストレート上の、ブリッジからおよそ九五メートル手前の地点で接触して走路を外れ、砂子車は本件コースアウト側の側壁に、星野車は本件コースイン側の側壁に衝突するという事故(以下「第一事故」という。)が発生した。星野車、砂子車のスターティンググリッドは、それぞれ二〇番一三〇〇クラス車の先頭)と二一番であるところ、大会特別規則によってフォーメーションラップ中の追い越しが禁止されていたため、両車は第一事故当時も全競技車両の中で二〇番目、二一番目を走っていた。

 ウ 第一事故発生のおよそ一二秒後(以下、時間の経過について、「およそ」を省略する。)、スターティンググリッド三一番の原告車が、ブリッジ付近から本件コースアウト側に逸走し、第一事故により停止していた砂子車に激突して炎上するという本件事故が発生した。原告車は、さらに本件コースアウト側の側壁にぶつかると、コース上を回転しながら横切り、反対側の本件コースイン側に停止した。
 また、原告車が砂子車に衝突した際の衝撃で原告車のガソリンタンクが車体から脱落して本件コースイン側に落下して炎上した。


 (5) 原告車に対する消火救護活動
 ア 本件事故発生から四八秒後(原告車が停止してから二六秒後)、スターティンググリッド三八番の競技車両を運転していた山路慎一 (以下「山路」という。)が、最初に原告車のもとに駆けつけ、本件コース上に設置してあった消火器を使用して、炎上する原告車に対する消火活動を開始した。本件事故発生から五八秒後(原告車が停止してから三六秒後)には、原告車はほぼ鎮火した。

 イ 本件事故発生から七三秒後(原告車が停止してから五一秒後)、隊列を追走していたレスキューカーであるフィスコ一三号が原告車のもとに到着した。

 ウ 本件事故発生から七八秒後(原告車が停止してから五六秒後)、ピットA棟の緊急車庫から出動した破工車が原告車のもとに到着した。
 ピットA棟緊急車庫には消火車・救急車・破工車が待機しており、消火車と救急車は、砂子車の停止した現場へ向かった。破工車は、原告車から脱落し炎上したガソリンタンクの地点で一旦停止し、運転手が一度降車した後、原告車のもとに向かった。ピットA棟緊急車庫から原告車停止位置までの距離はおよそ四五〇メートル程度である。

 エ オフィシャルらは、山路の協力を得て原告を原告車から運び出すと、破工車に原告を乗せてメディカルセンターへ搬送した。
 なお、ピットB棟緊急車庫にはレッカー車二台が待機していたが、原告車のもとに出動することはなかった。


 (6) 原告の傷害・治療経過
 ア 入通院治療
 原告は、本件事故により、顔面・両上下肢・気道熱傷を負い、その治療のため、平成一〇年五月三日から平成一二年一月五日までの間、フジ虎ノ門整形外科病院に一回、東京女子医科大学病院(以下「東京女子医大」という 一に七回、合計一七六日間にわたり入院し、平成一〇年七月五日から平成一二年一月五日までの間、東京女子医大、菊池外科病院、東京大学医学部付属病院及びまゆみクリニックに合計一二三日間通院した。

 イ 後遺障害
 原告の障害については、東京女子医大において、障害固定日を平成一一年一二月三一日と推定し、障害の程度が身体障害者福祉法別表三級に相当する旨の平成一一年四月二一日作成の身体障害者診断書・意見書(甲A四)及び肢体不自由の状況は上記診断書記載の症状から変化なく今後も改善の見込みがないとする証明書(甲A一六)が発行されている。(以下、書くに耐えないので省略。)