東京地裁の判断:損害及び過失相殺


 ここで示された金額が、実際の賠償金額となる。



 (12) 過失相殺
 ア 被告テレビ東京は、監視カメラの映像等から競技車両の速度を計算すると、原告車の速度は時速一八二ないし二四〇キロメートルであって、原告車の前の五台の競技車両の速度時速一一七ないし一五四キロメートルに比較して著しく速いことから、原告が、スタート信号を確認しないまま、コントロールラインを過ぎても一番ポスト付近までアクセル全開で加速し続けるという無謀運転をした上、レギュレーションに違反して近藤車等を追い越そうとしてコントロールを失い、本件事故を発生させたとして、本件事故の発生は原告の過失に基づく旨主張する。
 なるほど、前記認定事実によれば、原告は、シケイン通過後から、少なくともコナミブリッジの一〇〇メートル程度手前まで、アクセルを全開に近い状態に踏み続けるとともにギアを三速から六速に上げて加速し、ホームストレートのピットB棟付近を時速二〇〇キロメートルを下らない速度で走行したことが認められる。
 しかしながら、前記認定のとおり、近藤車(スターティンググリッド二六番)は、原告車に追い越される前に、スターティンググリッド二七番、二八番の二台の競技車両に追い越されており、第一事故の発生に気付いて減速態勢に入っていたことがうかがわれるのであって、その後原告車に追い越されたからといって、原告車がコントロールライン通過後も加速していたと認めることはできない。また、被告中村は、本人尋問において、管制室から原告車が走行する状況を目撃し、原告がスタートと勘違いしていると感じ、長年の経験から優に時速二〇〇キロメートル近く出ており、加速している状態であったと供述しているが、被告中村が原告車の走行を目撃したのは一瞬のことであって、原告車の速度についてはおよその判断が可能であるとしても、加速していたか減速していたかの判断は非常に困難であって、このことは監視カメラの映像についても同様であるから、本件全証拠によっても、原告が一番ポスト付近まで加速し続けたとまでは認めることはできない。また、原告が近藤車等を追い越そうとしたと認めるに足りる証拠もない。
 もっとも、原告が、本件事故直前、時速二〇〇キロメートルを下らない速度で走行したのは前記認定のとおりであり、先導車のシケイン通過後ホームストレート後半までの加速及び高速走行が本件事故発生の一因となっていることは前記認定のとおりであるものの、他方、〈証拠略〉によれば、原告車の前方車両五台の速度は、概ね被告ら主張のとおりと認められ、原告車との速度差が少なくとも時速五〇キロメートル程度はあったのであるから、原告の時速二〇○キロメートルを下らない速度での走行の責をすべて先導車に負わせることは相当でなく、原告が、最終コーナー付近を時速一五〇キロメートル程度で走行し、更にホームストレート中途まで加速したことも本件事故の原因となっているのであって、ウォータースクリーンの影響で前方車両及び後方車両の位置や速度が確認できない状況において、時速二〇〇キロメートルを下らない高速で走行すれば、前方車両の減速に対応することが困難であることを予測でき、原告車が早めに減速して前方車両五台と同程度の速度で走行していれば、本件事故の回避が可能であったと考えられることからすると、原告には、本件事故の発生について相当程度の過失があったものと認められる。
 なお、原告は、コナミブリッジ手前からアクセルを全閉にして減速した旨主張するが、これに沿う証拠は原告本人の供述及び陳述書以外になく、原告が上記減速措置を取ったと認めるには疑問が残る上、仮に原告がアクセルを全閉にしたとしても、ホームストレート上にかなりの水が溜まっており、原告車のギアが六速であってほとんどエンジンブレーキによる減速が期待できない状態であったこと、コナミブリッジから原告車が砂子車に追突した現場までは三五○メートル程度で(検証の結果)、被告らが監視カメラの映像を基に算出した速度にもそれなりの合理性があり、本件事故時にはほとんど原告車の速度が落ちていなかったことからすると、いずれにしろ、原告に過失があることは否定できない。

 イ 被告らは、原告が耐火性のアンダーウェア及びバラクラバ帽を着用しておらず、これにより熱傷が拡大したと主張し、医務室内で原告の救急治療にあたった柏木宏元医師は、被告中村に対し、原告が耐火性のアンダーウェアとバラクラバ帽を着用していなかった旨報告しているけれども、〈証拠略〉によれば、本件事故を特集したテレビ番組において、本件レース前の原告の様子を撮影した映像が使用されているが、その中にはバラクラバ帽を着用した原告の姿が撮影されていることが認められ、原告は本件事故の際もバラクラバ帽を着用していたと認められるから、上記柏木宏元医師の報告を採用することはできず、この点の原告の過失をいう被告らの主張は理由がない。

 ウ 被告らは、原告のガソリンタンクがアルミリベツトによって取り付けられていたため、取付強度が弱く、そのために本件事故に際してガソリンタンクが脱落・炎上し、原告の救助が遅れた旨主張する。
 確かに、原告車は、JAF国内競技車両規則に合致した公認のガソリンタンクを使用し、アルミリベツトによってこれを取り付けていたことが認められ、一般的にアルミはスチールより強度が劣ることから、原告車のガソリンタンク取り付け強度に問題があった可能性は否定できない。しかし、本件事故後の原告車は、前部が原型をとどめないほど変形しており、衝突自体の衝撃が相当のものであったと認められるところ、この点に対して工学的な検討がされた形跡はなく、かかる衝撃を前提としても、スチールのリベツトであればガソリンタンクが脱落しなかったが、アルミリベツトであったためにガソリンタンクが脱落したものと認めるに足りる証拠はないから、アルミリベツトであったことがガソリンタンクの脱落に影響したか否かを確定することはできないといわざるを得ない。
 よって、この点を原告の過失とする被告らの主張は理由がない。

 エ 以上、本件に現れた諸般の事情(被告中村の安全確保義務違反・本件レースの主催者である被告の消火救護義務違反・本件レース場の瑕疵の内容、本件コースの状態、先導車及び競技車両の走行状況、本件事故発生前後の状況、本件事故回避の可能性等)を総合的に考慮すると、本件事故発生についての原告の過失割合は、四割と評価するのが相当である。
 したがって、損害額合計一億三八四八万八二四一円について四割の過失相殺を行うと八三〇九万二九四四円となる。


 (13) 弁護士費用
 原告が本件訴訟の提起、追行を弁護士に委任したことは記録上明らかであるところ、事案の内容、審理の経過、認容額等を斟酌すると、被告らが賠償すべき弁護士費用は七〇〇万円と認めるのが相当である。
 九 以上によれば、原告の被告バイシック、同レーシングセンター、同中村、同富士スピードウェイ、同フィスコ及び同テレビ東京に対する請求は、損害賠償金九〇〇九万二九四四円及びこれに対する本件事故の日である平成一〇年五月三日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、被告JAFに対する請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

 東京地方裁判所民事第五部

 以下略





 以上で終わりである。お疲れさまでした。

 本企画の冒頭部分で、この裁判は原告も敗訴に近いと書いたが、それを示す部分が過失相殺割合である。勝訴した方の過失割合が4割といのは、まずあり得ないことだというのだ。通常は2割、悪くて3割だそうだ。
 しかもである。この判決では、被告のここが悪い、あそこがいけない・・・と被告側に多数の過失を認めている。それに対し原告の過失についてはアンダーラインに示すような「原告車が早めに減速して前方車両五台と同程度の速度で走行していれば、本件事故の回避が可能であったと考えられることからすると、原告には、本件事故の発生について相当程度の過失があったものと認められる。」の1カ所だけだといっていい。あえて数だけで比較すると、原告が犯した1つのミスで全体の4割も過失があると判断されていることに驚かされる。

 要するに、被告側にこれだけ多数の過失があると裁判所が認定しない限り、レーサーは裁判に勝てないということなのだ。理由はどうであれ、事故を起こした当事者が非常に悪いのである。さらに次回述べるが、この裁判の判決をもとに考えると、アマチュアのモータースポーツの場合は誓約書は有効となると考えられる。そうなるとレーサー側は絶対といっていいほど勝てない。そのため怪我をし、治療費がかかり、裁判に負け、双方の弁護士費用までかぶるということは避けるのが賢明である。後でグダグダ言うのなら、最初から走らない方がいい。