判決文の解説

 判決要旨を眺めてもよくわからないので、何を言っているのか解説を加えてもらった。
1.原告(太田選手の主張)

 この裁判では、2つの点に問題があるとして訴えが起こされている。1つは「不法行為責任に基づく損害賠償請求」、もう1つは「債務不履行責任に基づく損害賠償請求」である。前者の賠償請求は、やるべきことをちゃんとやっていなかったために損害が発生した時に請求するもの、後者は契約通りに行われなかったために損害が発生した時に請求するものである。

(1)不法行為責任に基づく損害賠償請求
 他人のせいで自分に損害が生じた場合、その損害を賠償してもらうものである。加害者と被害者の間に契約は不要。本件の場合、賠償請求先はレース主催者ということになる。具体的には・・・
  ・中村競技長個人への不法行為責任(民法709条)
  ・中村氏を使用している(雇っている)主催者への使用者責任(民法715条)
  ・レース場を占有しているレーシングセンター及び主催者への土地工作物責任(民法717条)
   があるとして、損害賠償をそれぞれに請求している。

(2)債務不履行責任に基づく損害賠償請求
 契約を結んだ当事者の間で債務者(レース主催者)のせいで債務を履行しなかった場合、債務者が損害を賠償するものである。本件では、主催者と太田選手の間に「国際スポーツ法典等の規定に従う合意」が成立していたため、これを契約と捉えその一内容として主催者は太田選手に対し安全を確保する債務があり、それを履行しなかったのではないかが問題となっている。具体的には、安全な先導の不備などがある。

2.証明責任

 以上の主張を太田選手が認めてもらい、損害賠償を請求するためには、上記(1)(2)を裏付ける証明が必要となる。原告・被告どちらが証明責任を負担するかは、ある権利を主張するものがその権利を主張するための要件を満たすことを証明するという基準がある。
 例えば不法行為責任(民法709条)ならば、
  <要件>加害者の故意または過失、損害発生、両者の因果関係
  <効果>損害賠償請求OK
 従って、太田選手が勝訴するには上記要件が満たされているか否かを証明することが必要となる。本件では主に被告側の過失を太田選手が証明することになるが、原告が一方的に証明するだけで、契約を守らない債務者(レース主催者)が証明責任を負わないのは不公平であるという判例もあることから、債務者である被告が「自分に責任はない」と証明する必要もある。

 以上をまとめると、裁判に勝つ負けるは、原告・被告どちらの証明に合理性があるかで決まる。


3.被告側が勝訴するためには
 結論としてこの裁判では原告が勝ったわけだが、被告側が勝つためにはどうすればよいのか。それは以下のことが考えられる。
  ・原告が被告の過失を立証できなかった場合
  ・原告が被告の遺失と損害との因果関係を立証できなかった場合
  ・主催者側の使用者責任については、監督につき相当の注意をしていたと証明できれば免責される(民法715条1項但書)
  ・被告が自分に債務不履行責任はないと立証できた場合

 なお、本件では事前に差し入れた誓約書が問題となっており、仮にこれが効力を有するならばそもそも原告は損害賠償請求権を事前に放棄しておきながら訴えをおこしたことになり、必要もなく訴えを起こしたとして裁判所が原告に門前払いをすることができる。
 しかし本件では、契約書自体が公序良俗に反し無効となるため原告が請求することはOKとなり判決に至った。また契約書で参加者の自己責任を強調し主催者側に責任はないとする旨の主張も通らなかった。


4.私見
 判決要旨中の事実認定の詳しさからして原告側の立証は十分だったと考えられる。逆に主催者側は過失と認めざるを得ず、結果的に敗訴する可能性が高かったと考えられる。


5.判決要約
 最終的にどうなったのか、まとめる。

(1)先導車の急加速等が事故発生の原因か?
    =事故との因果関係は認められるか・・・・認める

(2)中村競技長の不法行為責任
  ア)先導車を指示すべき注意義務を怠った過失は認められるか・・・認める
  イ)緊急消火活動を実行する債務を怠った過失は認められるか・・・認める

(3)主催者の債務不履行責任
  ア)競技車両の安全確保義務の不履行は認められるか・・・認める
  イ)消火救護体制を整え、事故発生後は緊急消火活動を実行する債務の不履行は認められるか・・・認める
  ウ)テレビ東京は主催者に含まれるか・・・含まれる
  エ)プロモーターは主催者と同一の債務不履行責任を負うか・・・負わない

(4)主催者の使用者責任
 これを問うには前提として被用者である中村競技長自身が不法行為責任を負う必要があるが、これは(2)でクリアしている。
  ア)中村競技長の使用者としての責任を負うか・・・負う
  イ)テレビ東京は中村競技長の使用者か・・・認める

(5)JAFの債務不履行責任
 原告への来選手発給行為ここの競技会について原告の安全を確保するため主催者を監督する義務まで負うものか・・・認めない

(6)被告の土地工作物責任について
  ア)レース場が「土地の工作物」にあたるか・・・認める
  イ)レース場の「保存に瑕疵(かし)」ありといえるか・・・認める
  ウ)テレビ東京はレース場の「占有者」といえるか・・・認める

(7)契約書の効力・・・認めない


 あとは過失相殺で、損害賠償額が決まった。


 というわけで今回はこれでおしまい。次回までの一週間、この判決をもとに自分が原告・被告になった場合どういう攻め口・逃げ道があるか、安全(いろんな意味で)にレースを進めるには何が必要か、みんなも考えてみよう。