判決の争点と考え方


 本裁判では責任の所在・賠償金額などいろいろ争点はあったが、最も要となるのが「契約書の有効性」であった。なぜなら契約が有効と判断されれば、裁判所が原告に対しこの契約書には、事故が起きても主催者に一切責を問わないとの趣旨のことが書かれていたからだ。もしこの契約が有効であれば損害賠償請求権を事前に放棄しながら訴えを起こしたことになり、必要もなく訴えを起こしたとして原告(太田選手)の主張は問答無用で却下される。逆に無効であるならば、主催者側に責任や賠償が発生する可能性がある。

 「契約書にはレースやる前にサインしたはずだし、責を問わないことを承諾した上でサーキットを走ったのだから、本人もそれを承知しているのは明らかなので契約書が有効なのは当然だろう。」と考えた貴方。私もそう思っていたのだが、実はそんな単純な話ではなかったのだ。
 契約には私的自治の原則というものがある。簡単にいうと個人間の契約は原則自由ということなのだが、自由といっても枠がある。その枠を超えた途端、契約は無効となるのだ(そういう風に法律で決まっている)。その枠がよく耳にする公序良俗と言う言葉である。公序良俗に反するというと「猥褻物陳列罪」を思い浮かべてしまうが、それだけではない。公序良俗に反した場合は契約そのものが無効となり、公序良俗に反するものには、著しく不公平な契約がある。この裁判の場合「事故が起きても主催者に一切責を問わない」との記述が著しく不公平であるとしており、契約自体が無効であると主張した上で、損害賠償を求めている。

 契約書の有効性の問題は、この裁判だけの話ではない。OFF会やクラブ主催のジムカーナなどで同じような契約書を書いているのではないだろうか。つまり事故が起こっても主催者に賠償を求めないとか・・・この一文さえあれば大丈夫、無罪放免、天下御免の免罪符とは言えない(おいおい)。ジムカーナで自爆したくせに主催者が賠償を求められたら、主催者はたまったものではない。一方で自爆した人が全部被るのは納得がいかない。そもそも安全な環境でレースやOFF会が行われていれば、問題なんか発生しないのかも知れない。従って、この裁判はトッププロの世界だけの話ではなく、自動車趣味をやる者にとって非常に身近な問題なのだ。