1950年頃から近年に至る本社建屋の写真

 これが1950年頃の、東洋工業本社の写真。現在の地図に照らし合わせると、ここになる。





 この写真を拡大すると、明らかに東洋工業の車でないものが写っている。アメ車?? まあ、三輪トラックを作っていて、乗用車を作っていなかったのだから、乗用車はどこからか調達してくる必要があったわけだが・・・どうも違和感がある。



 同じような違和感は、現在はトラックメーカーで顕著である。日野の社長の車は、レンジャーのトレーラーハウスではなかろうかと、考えたことはないだろうか。社長たるもの、これぐらいの愛社精神は持っていないと。でも現実的にそんなことは不可能だ。実体はレクサスかセンチュリーに乗っているのだろうが。


 次は1960年頃の写真。さっきの建物が、いきなり4階建てになっている。こんな増築ってありなの?? また、10年経過しても明らかに東洋工業の車でない車が写っている。しかもバンだ。この手の車が複数台存在したと推測される。



 本社ビルの全景。写真右上に山が見えるが、前頁で紹介した山と同じものだと思われる。



 この写真にも、バスともトラックに幌を張ったとも思えないような変な車が写り込んでいる。



 駐車場には、キャロルやクーペがうじゃうじゃいる。矢印部分には、ボディーカバーがしてある怪しい車が。形状からしてシトロエン2CVのようにも見えるが、本当のところはわからない。背景に写っている工場は現存する。



 さらに全景を写してみる。左下にJR向洋駅が、中央のT字型のビルはマツダ病院である。



 現在のマツダ本社ビルができた当時の写真。このビルは、上の写真でいうところの駐車場があったところ付近に建設された。このビルの向こう側に、上の写真で紹介した本社ビルが建っている。手前の駐車場は、AZ−1の20周年ミーティングを行った場所である。矢印の木に注目。当時はこんなに細かったんだ。20周年ミーティングの記念写真の後ろに写り込んでいる木が、矢印の木である。植え替えたのではないかと思えるほどの違いがある。



 次頁では、さらに細かい「昔はこうだったの!?」的写真を見ていく。