弟の買った変なもの(ロータリーエンジン)
 私の弟の車はコルベットなので、ロータリーエンジンなんか使えるわけがない。ではなぜ買ったのかというと、「置物」にするためである。10Aのものが1万5千円だったそうな。


 せっかくの機会なので、ロータリーエンジンについて解説しよう。まず事実関係から確認しておきたい。ロータリーエンジンの形は様々なものが考案されたが、現在量産されているシステムの特許を取得し、さらに自動車用エンジンを世界で最初に作ったのはドイツのNSUバンケルであった。東洋工業(現マツダ)ではない。東洋工業が世界で初めて作ったのは、2ローター・ロータリーエンジンであり、取得したのはその周辺特許なのだ。それが証拠に「LICENSE NSU-WANKEL」と書かれている。


 次に外観である。三角形をしたのがご存じローター、それを包む繭のような形をしたのがローターハウジングである。またローターハウジングの回りには変な穴があいているが、これは冷却水が通る穴となっている。ロータリーエンジンには単室容積491ccの10A, 同573ccの12A, 同655ccの13A,13Bと20Bと4種類あるが、この写真の10Aは110psを発生した。排気量は13Aを除き、ローター・及びハウジングの厚みを厚くすることで増やしている(断面の大きさは同じ)。ローター等が全体的に大きくなっていくのではない。現在量産されているのは13Bで、RX-7に搭載されている。また20Bは3ローターで、ユーノスコスモに搭載されていた。
 さらにシールについて解説しよう。このシール類はロータリーエンジンの要というべきもので、エンジン開発期間の約半分をシールの開発につぎ込んだほどだ。ロータリーエンジンのシールには、「アペックスシール」「サイドシール」「コーナーシール」「オイルシール」等がある。ここでは前者2つを紹介したい。


 まず「アペックスシール」。長さ約50mm、幅約5mm、厚さ約3mm。たったこれだけのものだが、最も開発が困難な部品であった。アペックスシールはローターの頂点に位置するシールであり、開発初期のものはハウジングに「チャターマーク」と呼ばれる波状磨耗を引き起こし、エンジン性能を著しく損なうという問題生じさせた。そこでこの問題を解決するためにありとあらゆる材料がテストされ、しまいには「牛の骨」で作られたものまで実験したという逸話が残っている。これら様々な材料を選定した結果、10Aのアペックスシールにはカーボン(炭)製のものが採用されることとなった。カーボン故に柔らかく、固いところに当てると簡単に削れてしまう。ちなみに現在の13Bのものは金属製であり、厚みも1mm程度、3分割タイプのものが使われている。
 アペックスシールに関する面白い話を2つ・・・1つは「牛の骨」の続編である。牛の骨を試したという部分だけ聞くと「何を血迷ったのか」と感じられるのではないかと思うが、実はそうではない。ちゃんとした化学的根拠がある。牛の骨とは「アパタイト(芸能人は歯が命、のアレ)」で、ちょっと前に騒がれた「ニューセラミックス」のことなのだ。当時、アペックスシールに関する問題にはチャターマークの他に、ハウジングとの焼き付きの問題もあった。従って、アペックスシールには熱に強く焼き付かない物質であることも必要だった。そこで焼き付かず燃えることのない材質として非金属である「牛の骨」が候補に挙がったのだ。事実、量産された初のアペックスシールは金属製ではないし、ル・マンで優勝したロータリー車には、牛の骨の発展系であるセラミックス製のアペックスシールが使われた。
 次の面白い話は、アペックスシール産業スパイ事件である。昭和40年代、各社はこぞってロータリーエンジンの開発に取り組んでいた。従って、アペックスシールに関する情報は非常に注目度の高いものだった。アペックスシールの開発に成功した東洋工業は、東京モーターショーに自らの技術力の高さを誇るべく出品したが、ある夜、何者かによって盗み出されたのだ。なおこの事件は迷宮入りとなっている。

 次にサイドシール。形は厚さ0.5mm程度、長さが20cm程度、幅は5mm程度のもので、ローターの形にそって湾曲している。サイドシールの数は、ローター片面で10Aは6本だが、12Aからは3本になった。非常に単純な形状をしているサイドシールだが、これにも様々な工夫がある。ローターをよく見ると、何かの記号が刻印されているのがおわかりになるだろうか。これはサイドシールの種類を表すものなのだ。


 実はサイドシールには様々な長さのものが用意されており、なんとローターごとサイドシールが異なっているのである(アペックスシールとコーナーシールはすべて同じもの)。この理由だが、サイドシールを入れるための溝の切削行程で、どうしてもばらつきが生じてしまう。ロータリーエンジンのシール性を少しでも改善するには、なるべくぴったりフィットした物の方がよい。そこで加工精度を上げて同一のシールを使うことをせず、加工精度のばらつきをシールの種類でカバーしたため数が増えたのだ。10Aの場合はよく知らないが、12A,13Bは12種類程度あると思う。ちなみにこの記号は、12Aからなぜか日本語の「イロハニホヘト・・・」に変更された。
 ここで私が前々から疑問に感じていることがある。それは、サイドシールの発注方法である。ロータリーのパーツカタログを見ると、「イ」の部品番号は何番、「ロ」の部品番号は何番とはかかれていない。従って、いったいどういう風に注文するのか不明なのだ。特に海外のディーラーがサイドシールを発注する場合は「イロハニホヘト・・・」なる正体不明の記号をそのまま書き写して発注するのだろうか。興味深いところだ。
 ロータリーに関する面白い話は他にもたくさんあるのだが、私は「ネタ小出し主義」なので、次の機会へ回そう。