フェラーリ P5

 こりゃまた暑苦しそうな車である。P5をみて、こういう風に書いたのは私が初めてではなかろうか。しかしこの感想、AZ−1オーナーであれば身にしみて分かるはずだ。全面ガラス張り。スモークはかかっておらず、窓も開かない。当然エアコンもない。V12エンジンの発する熱気も相当のものだろう。夏場の日本では1分と入っていられない。ヨーロッパでも冬にならないと乗れないのではないだろうか。車は動いてなんぼと言われるが、いくら機構的に動作可能であっても、いくら物理的に人が乗り込むスペースがあっても、人間が存在できる最低限の基本要件を車自身で作り出せない車というのはなんとも残念な話である。ショーモデルだからどうでもいいといえばそれまでであるが。




 P5のデザインは、私でもよく分かる。フロントの特徴的なヘッドライトはデイトナに、ドアからリアにかけてのエアインテークはディーノに、リアのルーバーはテスタロッサ等に生かされていると思われる。



 ドアはガルウイング。展示車両ではドアは閉められていたが、CGに掲載されている写真を見る限りではベンツの300SLと同様に完全には垂直にならないタイプのようだ。どうやってドアを持ち上げるのか気になる部分だが、どうやらダンパーなどはなく、手で開けてつっかえ棒でささえるタイプのように見える。
 エンジンは縦置きのV12。ファンネル部分にはご覧の通りカバーがしてある。細かいところをみてみると、フロントのタイヤは13インチだった(タイヤにそう書いてあった)。リアは15インチくらいだろうか、よくわからない。扁平率は80くらいあるのではないかと思われる。こんな車に13インチで80のタイヤとくればかなり変に見えそうなものだが、そう見えないのがP5のすごいところなんだろう。
 タイヤで不思議なのがスペアタイヤ。なぜかエンジンよりさらに後に、これまたなぜか革のバンドでとめられている。P5はレーシングカーのプロトタイプという位置づけなのだが、なんでスペアタイヤが必要だったのだろうか??




 P5はもともと1968年にショーモデルとして1台だけ作られたのだが、展示してあるP5は数奇な運命をたどり近年になって再生されたものだと考えられる。しかしレプリカではない。残されていたP5のシャシーに、新たなるボディーが被されたものなのだ。
 このあたりの話はCGの2001年4月号に、あまり詳しくないのだがとりあえず記されている。かいつまんで言うと、P5のボディーに惚れたアルファロメオの社長が、ボディーだけP5からとりはずして自社のシャシーに載せ、アルファロメオP33として世に送り出した。余り物の、存在すら忘れかけられたボディーのないP5のシャシーに、P5のボディーを再生し載っけられたというのである。
 この辺はかなり大変な作業ではなかっただろうか。考えてみて欲しい。AZ−1のシャシーをもとにしてAZ-550を再生することを・・・